PRESIDENT(2013.8.19)
日本を代表するクリエーター「佐藤可士和」の名前は知らなくても、彼のデザインした広告や企業のロゴを目にしたことのない人はいないだろう。クライアントと目指す方向を探り、「これしかない」というデザインに落とし込む。その手腕は、ファーストリテイリングの柳井正氏、セブン&アイの鈴木敏文氏、楽天の三木谷浩史氏など、多くの著名経営者から厚い信頼を得ている。ユニクロのロゴ制作から幼稚園・病院のプロデュースまで、仕事の幅は広い。
多忙を極める佐藤氏だが、スケジュール管理は主に、妻でマネジャーの佐藤悦子氏が行い、可士和氏自身は手帳を持たない。
「基本的にいつも手ぶらです。持ち歩くのは携帯電話とカギと小銭、カードケースくらい。最近はこれにiPadが加わりました」
スケジュールはウェブ上のカレンダーでスタッフと共有し、常に数カ月先まで確認。大小あわせて約30本のプロジェクトを抱える状態だ。スケジュールは変更になることも多いため、ウェブで常にチェックしている。時間の使い方についてどのように考えているのだろうか。
「複数のプロジェクトを同時並行していると、やることが多くて焦ってくる。でもそこでちょこまかと手をつけても、効率は上がらない」(可士和氏)
それなら「目の前のことに集中する」と決めたほうがいい。
「クリエーションに関しては、大事なのはかけた時間の長さではなく、どれだけ深く集中できるかが勝負。毎日1時間×3日よりも、3時間まとめてバシッとやったほうがよかったりする。僕の場合、時間管理は集中するためのメンタルのコントロールに直結しています」(可士和氏)
もともと集中するために頭のスイッチを切り替えるのは得意という可士和氏だが、妻の悦子氏によるスケジュールの組み方に助けられている部分も大きい。
「佐藤はすごく集中力がある。本人曰く『狂った集中力』(笑)。だからといって大きなプロジェクトの大詰めで、急に1時間空いたから、全く別の新しいことを考えるのは無理。だから佐藤の頭の空き具合を計算する。いま彼が何に気持ちを奪われているのか、『脳内視野』がどうなっているかを考えてスケジュールを組んでいます」(悦子氏)
可士和氏のアートディレクションは、企業や組織のトップと1対1で会話を重ね、問題点や狙いを整理することから始まる。
「セブン&アイの場合は、広告のこともお店のこともあるけれど、まずはプライベートブランドから着手しようということになり、新しいロゴマークを作りました。最初から鈴木会長に『ロゴをつくってほしい』という言い方をされたわけではありません。頼まれたのは『セブン-イレブンをよくしてほしい』ということだけ」(可士和氏)
抽象的で漠然としたリクエスト。しかしこのような頼み方はユニクロの場合も同様で、柳井会長からの依頼は「世界戦略をやってくれ」の一言だった。
可士和氏はそんなとき「何をすればいいですか」とは聞かない。それを考えることが仕事だからだ。大きなプロジェクトではデザインに着手するのは最後の最後。経営戦略を考えるコンサルタントのように、何をすべきか考えるところから仕事が始まる。そのために必要なのが徹底的な対話だ。セブン-イレブンのときは上層部とだけでも30回以上ミーティングを重ねた。
「ミーティングというより僕がインタビューをする感じです。日本経済についてなど、大きな視野の話もする。鈴木会長に『コンビニは将来の社会にとって、どういうものになるんですか』という質問を投げかけたりもします」(可士和氏)
このような視野の大きな話から入るのは遠回りのような気もするが、可士和氏はそれを真っ向から否定する。
「それが1番の近道。人間は話すことで思考や情報が整理されます。鈴木会長も僕との対話の中でセブン-イレブンの40年の歴史を振り返ったりしているはず。対話を重ねると何をすべきかというゴールが見えてくる。ゴールの設定をすることは非常に重要。どこに行くべきかを共有することこそ、本当の意味でのクリエーティブな作業です。仕事がなかなかうまくいかない人は、ゴールが見えないまま走り始めてしまっているのかもしれませんね」
「経営者と話すことが1番大事」と断言する可士和氏。しかし大企業トップと引く手あまたのクリエーター同士では、頻繁にミーティングの時間を持つのは難しい。そこで悦子氏が考案したのが、「時間割方式」とでもいうべき方法だ。
「長期にわたってお仕事をさせていただく企業トップとのミーティングは、週1回とか月2回とか、ミーティングの曜日と時間を決めて定例にしています。テレビ番組表のように。そのほうがかえって時間をとりやすい。何曜日の何時と1度決めたら、急ぎの確認事項がなくても、その時間は必ずお会いするようにしています。雑談をするだけでも、そこからアイデアが生まれることもあります」(悦子氏)
人と会う予定は火・水・木・金に入れ、月曜日は「デザインデー」として空けておく。可士和氏がクリエーティブな作業に集中するためだ。悦子氏は言う。
「放っておくとどんどん埋まってしまうのですが、クオリティを維持するためには佐藤が集中できる時間を死守するしかない」
また、打ち合わせと打ち合わせの間は最低でも30分あけるという。もし打ち合わせが延びても次に約束した人を待たせることがないし、その間に頭を切り替えることができるからだ。悦子氏は時間の余白を重視する。
「スケジュールに余裕を持たせておけば、何かあってもバタバタしない。それにインターバルや休みをとってリフレッシュすることも絶対に必要です」
博報堂勤務時代に知り合った2人だが、当初は、可士和氏と悦子氏とでは、仕事に関するとらえ方も違った。
「広告業界のクリエーターは徹夜や残業をするのが当たり前で、忙しい=売れっ子、という風潮もありました。佐藤も完全に夜型だったようです。私は博報堂を辞めたあと、外資系企業や化粧品会社に勤めて違う世界を経験しました。それで広告業界の時間の使い方に違和感を覚えたのかもしれません」(悦子氏)
子供が生まれる前、2人で予定していたハワイ旅行を、可士和氏が「撮影が入ったから」とキャンセルしようとしたことがあったと悦子氏は述懐する。
「それに私は大反対。『ちゃんと仕事をするためにも休むことは絶対に必要』と言い続けていたら、わかってくれるようになりました。私が佐藤からもらったものはたくさんあるんですが、もし私が佐藤に影響を与えたことがあるとすれば、それは休むことの大切さかもしれません。若いうちは徹夜が続いても平気ですが、そんな生活を続けていたらいずれ体調を崩すし、クリエーターとしても涸渇してしまう。そうなったらかえって仕事先に迷惑をかけてしまいます」
可士和氏が独立して個人事務所「サムライ」を設立したことも、働き方が変わるきっかけだった。広告代理店の仕事はスパンが短く不測の事態にその都度対応する必要もあるため、自分のペースを保つことはなかなか難しかったが、独立後に手がけるようになった長期的な企業のブランディングは、比較的、自分のペースで仕事が進めやすい。
加えて、悦子氏がマネジャーとしてサムライに参加し、お互いの役割分担が明確になったことも大きなプラスとなった。
「博報堂ではお金やスケジュールの管理も僕の仕事でした。いまは、それを事務処理能力の高い悦子が一手に引き受けてくれるので、僕はクリエーティブということに集中できる」(可士和氏)
「夫婦で同じ職場で働くのは大変でしょう、とよく言われるんですが、一緒にいる時間はそれほど長くない。今日なんか15分くらい(笑)。会社で仕事の話ができない日は、家で話すこともよくあります」(悦子氏)
長男が誕生したことも、2人の時間の使い方に変化を与えた。
「子供が生まれる前は、何かあっても夜中まで働けばカバーできた。でもそれはもう無理なので、『午後9時だけど今日は早く寝て、明日の朝3時に起きてからやろう』と、工夫するようになりました」(悦子氏)
普段の悦子氏は毎朝4時起き。子供の世話と、責任ある仕事の両立は考えただけでも大変そうだ。そう言うと、悦子氏は笑ってこう答えた。
「『忙しそうですね』と言われると、私もまだまだだな、と思います。忙しそうに見えるのは、他人を受け入れる余裕がないということでもありますから」
悦子氏が化粧品会社に勤務しているとき、忙しいはずの女性トップがまったくバタバタしていなかった。以来、「ゆっくりしているほうがきれい」と確信。仕事のやり方を工夫し、万一に備え余白を設けるようになった。
悦子氏のスケジュール管理法は、デジタルと紙の2本立て。長期の予定は見開き2週間の手帳に書き込む。変更が多い短期の予定はネットで管理する。その日にすべきことは、「メール」「電話」「請求書」「契約書」など項目ごとにA4の裏紙を使ってすべて書き出していく。
「忘れてはいけないことは紙に書くのが1番。こうすると作業の量が目で見てすぐわかります」(悦子氏)
1件片付けるたびに赤線を引いて消し、1日の終わりに、その紙を破いて捨てる。
「紙を破いて捨てることで、すごくスッキリする」(悦子氏)
実は悦子氏は「メモ魔」でもある。誰にどんな手土産を渡したか、誰とどこで会食をしたかなど、すべて手帳の備忘録に記録する。2回目以降にダブらないようにするためだ。
効率的に時間を管理すれば、空き時間でジムに行ったり、近所の公園で早朝ウオーキングをすることもできる。可士和氏は「サムライは小さな会社です。僕や悦子が倒れるわけにいかない。ですから、運動をして、体を鍛えるのも仕事のうち。それに、メンタルにもとてもいいリフレッシュになります」と言う。
「昔は僕もジム通いが続かなかった。続けるコツは、パーソナルトレーナーを予約すること。そうなるとその人と会う約束を守るために、行かざるをえない」
週末は同じく子供を持つ家族と、釣りや農園に出かけることも多い。
「息子が1歳のとき、食育になるかなと、ファームのメンバーになったのですが、親のほうも自然のなかで汗をかくことが楽しみになってきた」(悦子氏)
佐藤夫妻が農業を始めてまもなく、ファームに若い家族世代のメンバーが急増した。
「自分で種をまいたものを食べることで、生活を自分でつくるリアリティが感じられる。皆がそれを求めている時代なんだ、と佐藤はわかったようです。それは仕事にも活きます。時代の感覚を掴む必要がある佐藤の仕事では、オフの時間を充実させることも大切なことだと思います」(悦子氏)
「子供はパワフルです。うちの子は一緒に遊んでいても、僕が集中していないと怒る(笑)。そうすると遊びに集中せざるをえないから、いいリフレッシュになるんです」(可士和氏)
忙しさを理由に土日も仕事をし、結果的に効率を落としている人は多いのではないか。佐藤夫妻からは、仕事と時間のやり繰りについて学ぶ点は多い。