ウォール・ストリート・ジャーナル(2010.8.17)
一部の目には、米グーグルは最近やや精彩を欠いているように見える。株価は下がり、かつてはグーグルの牙城であった検索事業も、米アップルのスマートフォン(多機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」の登場と共に、ブラウザー(ウェブ閲覧ソフト)やグーグルの検索ボックスをほとんど必要としない新たなウェブ利用法が興隆しつつある。
この「アプリ」革命の到来によって、オンライン広告市場におけるグーグルの支配は終わりを告げるかに見えていた。
だが、それもすべて半年前までのことだ。13日に本紙のインタビューに応じたエリック・シュミット最高経営責任者(CEO)の話しぶりからは、凋落(ちょうらく)を示す予兆はもちろんのこと、同社が過渡期にあたって危機を迎えている様子さえみじんも感じられなかった。
その理由の1つは、数日前に同社が、携帯電話事業者がアクティベーション(利用開始手続き)した、グーグルの携帯電話向け基本ソフト(OS)「Android(アンドロイド)」を搭載したスマートフォンの数が推計20万台に達したと公表したことだ。その数は、わずか3カ月前と比較して倍増している。
今年に入ってから、アンドロイド携帯の販売台数はアイフォーンを上回る勢いで伸びており、世界的な市場シェアでアップルを上回る日も近いとみられている。
それもそのはずだ。アップルは大幅な利益を上乗せして携帯電話を販売しているのに対して、グーグルはアンドロイドを端末メーカーに無償で提供している。
だが心配には及ばない、とシュミットCEOは言う。「数十億人の人がアンドロイド携帯を使用するようになれば、そこから利益を得る方法はいくらでもある。とにかく、わたしを信じてほしい。われわれは、いずれアンドロイドで大きな利益を上げることになるだろう」
「一般に技術の世界では、有用な基盤を手に入れた者が、利益を得ると言われている」とシュミットCEOは言う。例えば、アイフォーン場合、グーグルは検索収益の一部をアップルに支払わなければならないが、アンドロイドの場合、自分たちが収益の100%を手に入れることができる。シュミットCEOは、その違い1つだけでも、アンドロイドの継続的な開発費用を賄うには十分だと述べる。
そして2つ目の理由が、近いうちに発表予定の「Chrome(クローム) OS」だ。グーグルは、アンドロイドを用いてスマートフォン市場で成し遂げていることを、クロームOSを用いて多機能端末のタブレットや小型・低価格が売りのネットブックの市場で実現したいと考えている。すなわち、将来的な市場シェアの確保とライバル(OS市場の場合は、マイクロソフト)の打倒だ。
だが、これらは、さほど簡単に達成できるものなのだろうか。グーグルの株価は今年初めから250ドル(約2万1500円)近くも下がっている。財務の専門家は、なぜグーグルが、株の買い戻しや配当の増額などによって、その潤沢なキャッシュをもっと株主に還元しようとしないのかと、いぶかり始めている。
たとえ多くのキャッシュがあっても、グーグルの経営を支えるシュミットCEO、創業者のサーゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏の3人は、決して採算の取れない奇抜なアイデアに散財しようとするだけではないのかと疑う向きもある。
米フォーチュン誌は先日、グーグルを「ドル箱企業」と称し、次なるヒット商品を求めて横道にそれることなく、本業で利益を上げることにもっと専念すべきだと述べた。
だが、シュミットCEOの話しを聞く限り、グーグルにとっての最大の難題には、投資家もまだ気付いていないようだ。つまり、「検索」が時代遅れになりつつある今、グーグルにとって主要な収益源であるオンライン広告市場におけるグーグルの特権を、今後いかに維持していくのか。
グーグルの検索ボックスと俗に「ググる」と言われる検索行為が、もはやわれわれのオンライン生活の中心ではなくなる日が近づきつつある。そうなったとき、グーグルはどうするのか。
シュミットCEOもこの点について次のように認める。「検索の未来がどのようなものになるかを現在模索中だ。だが、それは前向きな意味での模索だ。われわれは、まだまだ検索事業にかかわっていきたいと考えている。本当だ。だが、検索処理は、入力作業なしで、ますます自動で行われるようになるとも考えている」
さらにシュミットCEOは補足して、「利用者がグーグルに望んでいるのは、単に自分たちの質問の答えを出してもらうことではなく、次に何をすべきかまで提案することだ」と述べる。
例えば、あなたが通りを歩いているとする。グーグルは、あなたに関して収集した情報から「あなたが誰で、誰を大切にしていて、どのような友人を持っているか」について大体知っている。さらに、30センチほどの誤差で、あなたが現在、どのあたりにいるかも分かっている。この先の可能性については、シュミットCEOはユーザー次第だと述べる。
例えば、あなたが牛乳を必要としていて、近くに牛乳を販売している店があった場合、グーグルのシステムがそれを通知してくれる。あるいは、貴重な競馬のポスターをコレクションしている場合、それを販売している店の近くを通りかかったら、それを教えてくれたり、19世紀に実際に起こった殺人事件に関する記事を読んでいた場合、その殺人現場の付近を通りかかったら、それを教えてくれるといった具合だ。
シュミットCEOは、自分が必要だと意識していなかった情報をパワフルな携帯端末が教えてくれる時代は、もうすぐそこまで来ていると述べる。
「新聞の魅力は、おもしろい情報を思いがけず得られるところにあるが、今やそうした情報を計画的に提供することが可能だ。実際、電子的にそれを実現可能だ」
シュミットCEOのこの発言は、この時代においても新聞事業に変わらぬ忠誠を誓うわれわれ編集者を明らかに意識したものだ。シュミットCEOは、悲嘆に満ちた口調で「米新聞業界を襲う経済的大惨事」について語った。
同CEOはわれわれに対して、来るべき新聞業界受難の時代においては、信頼ある「ブランド力」がこれまで以上に重要になるだろうと述べたものの、即座に、新旧いずれのブランドが勝つかは分からないと付け加えた。
「(ニュース収集事業の不採算性という)問題を解決する唯一の方法は課金性を高めることであり、わたしが知る限り課金性を高める唯一の方法はターゲティング広告の活用だ。つまり、われわれの得意分野だ」
シュミットCEOは、消費者の趣味や嗜好(しこう)に沿って情報や広告を表示させるターゲティング広告の信奉者だ。なぜなら、すべてにおいてターゲティングの重要性を信じているからだ。
「個人にターゲットを絞る技術は今後も発展を続け、やがて観るもの、消費するものすべてが、何らかの形で各個人にカスタマイズされたものになるだろう」
そのような世界を想像すると、ちょっとぞっとする。だが、投資家や企業経営者にとって最大の疑問は、当然ながら、そうしたビジネスチャンスを支配するのはどの企業かということだ。グーグルは、自らをメディア業界の味方であり、支援者とみなしているが、情報ターゲティングを支配する側であるともみている。
この点について、シュミットCEOは次のように述べる。「検索ボックスから(次の段階へ)の移行は、統語論から意味論への移行だ。すなわち、入力内容そのものだけでなく、それが持つ意味が重要になってくる。その意味を判断する役目を担うのが『人工知能』だ。われわれは、その分野で長年世界をリードしていくだろう」
だが、グーグルは今、至る所で、法的・政治的・規制的な障害に直面している。グーグルが率先してきたネットの中立性をめぐる議論はここにきて、にわかに急転回している。かつての「公益」セクターの仲間の多くが、グーグルを「裏切り者」と非難し始めている。
グーグルは先週、かつての敵、米通信大手ベライゾンと共に、ネットの中立性に関する一連の「原則」について提言を行ったが、特筆すべきは、中立性の原則は無線ネットワーク市場には適用されないとしている点だ。「無線VS有線の問題は泥沼化している。それはグーグルの問題ではなく、米連邦通信委員会(FCC)の問題だ」と、シュミットCEOは述べる。
だが、ちょっと待ってほしい。最近ではインターネットの未来といえば、無線ネットワークのことを指すのではないか。また、アンドロイドOSの推進に向けたグーグルとベライゾン間の新たなパートナーシップの根本的な基盤は無線ネットワークにあるのではないか。
だがグーグルは今、一人仲間の隊列から離れ、近い将来需要が容量を上回る可能性の高い携帯ネットワークに関して、中立性にかかわるまったく非現実的な議論を投げかけている。
この問題はグーグルを政治的に厄介な立場に追いやるものではないとしても、米オラクルと同社のラリー・エリソンCEOをはじめ、政治的に同社を追い詰めようとするライバル企業の動きにあおられて、独占禁止法やプライバシー、特許といった規制当局のグーグルに対する監視の目はますます厳しくなっている。
シュミットCEOも、あきらめ口調で次のように認める。「グーグルのやることすべてが、とにかく気に入らない人たちがいる。その筆頭がマイクロソフトだろう」
この点についてはシュミットCEO自身、身に覚えがある。サン・マイクロシステムズの最高技術責任者(CTO)を務めていた1990年代、シュミットCEOは、独占禁止法違反をめぐるマイクロソフトへの攻撃で急先鋒に立ってきた。
逆の立場となった今、シュミットCEOは、グーグルはマイクロソフトがし損なったことをやり遂げることで、この難関を乗り切り、勝利を収めていくと述べる。すなわち、何ごとにおいても「顧客志向」を忘れず、「公正な」競争を心がけることだという。
グーグルは、プライバシーという政治的難題に対する自らの動機についても、同様の寛容な見方をしているようだ。シュミットCEOは、グーグルにはユーザーを適切に扱わなければならないと考える強い動機があるため、規制は不要だと述べる。なぜなら、グーグルの個人情報の活用方法に「気味の悪さ」を感じれば、ユーザーは即座にグーグルから離れていくと分かっているからだという。
本当にそうだろうか。例えば、グーグルの写真管理ソフト「Picasa(ピカサ)」を使用して数千もの写真を管理している人にとって、すぐにその利用をやめることは、それほど簡単だろうか。
あるいは、グーグルの電子メールソフト「Gmail(ジーメール)」を10年以上も使用している人や、マイクロソフトの文書管理ソフト「Office(オフィス)」の代わりにグーグルの「Google Docs(グーグル・ドックス)」を使用している中小企業の経営者はどうだろうか。
そもそも、これらグーグル・サービスは、ユーザーが継続的に使用する、あるいは継続的に使用せざるを得ないよう意図して開発されているものではないのか。
シュミットCEOは、プライバシーの問題は単にグーグルだけの問題にとどまらないと述べるが、確かにそのとおりだ。「常に誰もが、あらゆる情報を手に入れたり、知ることがきたり、記録できる社会をみなが望んでいるとは思わない」と、シュミットCEOは述べる。
さらに、いずれ誰もが、友人のソーシャル・メディア・サイト(SNS)に記録された若かりし日の自らの愚行の記録を抹消するため、成人すると同時に改名できるようになる日が来るかもしれないと、シュミットCEOは大まじめに予測する。
「これは、社会全体で考えなければならない問題だ。このほかテロや悪事への利用といったもっと恐ろしい事態についても考慮が必要だ」と述べる。
だからといってグーグルは、SNSの価値を疑っているわけではない。シュミットCEOはフェースブックを「重要な企業」と呼び、非常に高く評価している。シュミットCEOは、SNS業界には現在「多くのもうけ話があり、多くのベンチャー投資が行われている」が、将来「重要な企業」になる可能性があるのは、現在新たに台頭しつつある多数の新興企業の中でも1社か2社だけだと予想する。
グーグル自体、現在は確かに成功を収めているものの、いずれすぐに消えてなくなる可能性もあると疑う向きもある。だが、同社は、技術力に絶大な自信を持っている。シュミットCEOは、同社の動画配信サイト「YouTube(ユーチューブ)」を例に挙げる。
当初、世界中のユーザーからサーバーにアップロードされる動画の量が膨大になり、同社にとってほぼ対処しきれない状態にまでなった。だが、最も人気の高い動画のデータを世界各地のローカルサーバーに持たせる「プロキシキャッシュ」という技術によって状況を打開することができたという。
「グーグルが発明したこの技術によって、データをユーザーに近い場所に置くことができるようになった。これは極めて大きな技術的成果だ」
だが、他の多くのグーグルのプロジェクトと同じく、ユーチューブにも、そこからどのように利益を得るのかという問題が依然残っている。
グーグルは、検索ビジネスで成功を収め、携帯市場でも成功の兆しを見せ始めている。だが、その後については、シュミットCEOにもまだ予測不能のようだ。