7月に東証マザーズに上場したクックパッドの最大のコンテンツは、全国から投稿される「料理レシピ」。ネット企業にとって、無断コピーなどの権利侵害をどう防ぐかは重要なテーマだが、レシピの場合はどのような事情があるのだろうか。
■1日約800件の新規投稿
クックパッドが運営する料理投稿サイト「クックパッド」に掲載されている料理レシピは約60万件。例えば、「肉じゃが」だけでも「関東風」「イタリアン」など2000種類を超えるバリエーションがある。今も1日約800件の投稿があり、それが「登録会員681万人、月間ページビュー2億8000万」(佐野陽光社長)を集める原動力となっている。
投稿する登録会員の97%は女性で、人気のレシピには試してみた人の「おいしかったよ」といったコメントが写真付きで寄せられる。投稿されたレシピをアレンジして新しいメニューを作ることも盛んで、新規のレシピ投稿を促す好循環になっている。
他人が発表したレシピを無断コピーして投稿するような行為については、多くの投稿サイトと同様、対策をとっている。利用ガイドラインで掲載許可をもらうよう呼びかけているほか、投稿されたレシピはすべて、「いったん担当者が目を通したうえで公開している」(成松淳執行役)という。
■レシピは著作権法の対象外
ただ、レシピというコンテンツは、動画や音楽、文章などと違って、オリジナルとコピーを判別しにくいという特殊性がある。レシピを構成する要素は「材料」「分量」「調理方法」「時間」などに限られ、定番メニューであればほとんど区別がつかない。
実は、著作権法上もレシピは保護の対象となる「著作物」ではないという見方が主流だ。著作権法では、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定している。著作権問題に詳しい升本喜郎弁護士は「レシピは料理の作り方の説明で、誰が書いても表現に大きな違いがなく、創作物とはみなされにくい」と説明する。
料理は、分量や調理時間などで味も出来上がりも変わるが、その組み合わせはあくまでアイデアとみなされる。こうしたアイデアは特許や実用新案により保護されるケースもあるが、「よほど画期的な製法ならともかく、一般家庭の料理はそぐわないだろう」と升本弁護士は指摘する。
有名な料理研究家やシェフが書いた本であっても、レシピ部分を抜き出して投稿するだけなら法律上の問題は生じない。そこでクックパッドでは、「著作権」という言葉の代わりに「マナー」という表現で自発的なレシピの権利保護を呼びかけている。
■きっかけは「炎上」事件
成松執行役によると、「この路線をめざす1つのきっかけになったのは、5年ほど前に起きた『炎上』事件だった」という。当時、ある菓子店のレシピがそうと分からない状態でクックパッドに掲載されたことがあった。これに利用者からの批判コメントが殺到し、後から菓子店の許可を得たものの騒ぎはすぐに収まらなかったという。
クックパッドの投稿者は自分のレシピを広く知ってもらいたいと思う半面、レシピに強い愛着を持っている。そこで、「法律や規約を一方的に押し付けるのではなく、投稿者のオリジナリティーを尊重する」(成松執行役)という運営方針で、試行錯誤しながらサイトの見直しに取り組んだ。
レシピを考案した背景やきっかけなどを書き込む「このレシピの生い立ち 」欄はその工夫の1つだ。他のレシピを参考にした場合は、「○○という雑誌に載っていた○○のレシピと我が家に伝わるレシピを参考に作りました」といった文面を書き込んでもらう。これにより、出典を明示すると同時に元のレシピの考案者を尊重するという習慣をユーザーに広げようとしている。
また、レシピの投稿フォーマットには、1つの手順につき60文字までしか入力できない文字数制限を設けている。これは、レシピをみて料理をする人の利便性を追求した体裁だったが、同時に他のサイトから丸写しするような無断コピーを未然に防ぐ効果も上げている。
クックパッド側も投稿者に配慮する姿勢を積極的に示している。投稿されたレシピについて規約では「日本国内外問わず無償で非独占的に使用する(複製、公開、送信、頒布、譲渡、 貸与、翻訳、翻案を含む)権利(サブライセンス権も含む)を許諾したものとみなします」としている。だが、実際にレシピを2次利用して書籍化する際は、すべての投稿者と直接連絡をとり、掲載の許可ととったうえでさらに覚書を交わすという。
■他に無断転載された場合は・・・
こうした価値観は今のところ投稿者と共有できているが、最近はクックパッドのレシピが無断でコピーされて外部で使われるケースが散見され、対応に苦慮しているという。
多くは「自分のレシピがある企業のサイトに写真ごと掲載されている」「クックパッドで見たレシピがミニコミ誌で使われていた」といった利用者からの相談で判明する。無断転載が明らかな場合はサイトの運営者に削除などの対応を要請するが、「法的には強制できず、相手にお願いするしかない」(成松執行役)状況だ。
今のところサイトの運営に影響はないが、レシピに対する世間一般の認識は一様ではない。ユーザーが満足するかたちでクックパッドのルールをどう浸透させていくかが今後の課題となりそうだ。
[2009年8月19日/IT PLUS]