今年は、世界中で非常に質の高いゲームが次々にリリースされている「当たり年」とでも言うべき年だ。個人的にも今述べたような動的な変化にすっかり魅了されたタイトルがある。スウェーデンのMassive Entertainmentが開発した「World in Conflict」いうパソコン用ゲームである。
これは、東西冷戦で1989年にソ連がアメリカに攻め込んだという設定のリアルタイム戦略ゲームだ。欧州では、パソコン用ゲームの市場が大きいため、日本のゲームとはまったく設計思想の違ったゲームが登場してくることがあり、驚かされる。2チームに別れての16人までの対戦を可能にしているこのゲームは、新しいジャンルを切り拓いたといえる斬新なオンライン対戦の仕組みを備えており、海外メディアで極めて高い評価を獲得している(日本では、ズーが発売予定。発売時期は未定)。
■ユーザーが探索するゲームの「可能性空間」
ゲームデザイン論を本格的に学問領域に持ち込むことに成功したエリック・ジマーマンとケイティ・サレンの名著「Rules of Play」(ソフトバンクパブリッシングから訳書が刊行予定)のなかに、「可能性空間」というゲームの持つ特性を上手く説明した概念がある。それぞれのゲームは、多数の変数を持った抽象的な多次元の世界であり、実際には図像にして表現することは難しいが、表現することができる抽象的な空間がそれぞれのゲームに自ずから存在するという考え方である。
例えば、ロールプレイングゲームの中で、キャラクターのレベルに最大値(上限)が設定されている。手に入れることができるアイテムの種類にも限界がある。その最大値が、可能性空間の果ての一つとでもいうべきものである。
いわゆる「やりこみ」と言われるような行為は、ユーサーがそのゲームの可能性空間を探索していると考えることができる。ユーザーがゲームに求められているわけでもなく、また必然性がないにも関わらず、自ら目標を設定してキャラクターのレベルを最大値にまで増やしたりするような行為がそれに当たる。それぞれのゲームには、メーカーが設定するエンディングが通常あるが、それはユーザーがゲームの中の可能性空間の探索を終えたことと同じではもちろんない。
ただ、やりこみのようなことをしなくても、基本的な遊び方をするだけで、ユーザーはそのゲームの持つ可能性空間の大まかな幅を想像し、把握することができる。
逆に、ユーザーがあるゲームを見たときに、可能性空間の幅が想像できるゲームというのは成熟が進んだ分野のゲームと考えることができる。可能性空間の広がりが予測できるジャンルというのは、悪く言えば分野として終わりを迎えつつあるのだ。
例えば、シューティングゲームや格闘ゲームの持つ可能性空間の幅は、その分野に慣れた人であれば容易に想像できてしまうだろう。逆に、可能性空間の幅が想像できないというゲームが新しい分野のゲームであり、新しい刺激を生みだしているゲームだと考えることもできるのだ。そして、多くの開発者が、様々な過去のゲームの可能性空間を考えながら、新しい可能性空間を生みだそうと苦闘する。
■見ず知らずのユーザーをネットで協力させる工夫
人数を限定したオンラインゲームはゲーム設計上、常に難しい課題を抱える。見ず知らずの人間同士が、インターネット上で突然集まって、同じチームとして協力的にゲームを遊ぶことができるのだろうかという問題だ。多くのユーザーは同じチームに属していても、直接知っている友だちでない限り、結局は一人で遊んでいるような個人プレーをすることが多くなってしまうからだ。
お金が貯まると当然強力な武器が使えるようになるため、まったく見ず知らずのユーザーと遊んでいても、自分たちのチームを勝たせたいというモチベーションが発生する。上手いプレーヤーは、初心者のプレーヤーが見落としがちな部分をサポートするように、自然に行動するようになるという、おもしろい特性を生みだすようになった。 これに対して、大きく成功したのが一人称シューティングゲームの「カウンターストライク」だ。3分あまりの対戦の結果チームが勝つとお金が貰え、そのお金でその回の任意に設定されている武器を買えるというルールが成功を引き出した。
その仕組みは、同じくスウェーデンの開発会社Digital Illusions CEの「バトルフィールド」シリーズに応用される。ちなみに、スウェーデンのゲーム会社は数は少ないのだが、世界的なヒットを出す企業が2社もあり、なかなか侮れない。
■チームプレーを引き出す新たな仕組み
World in Conflictの話に戻る。このゲームはまさに、新しい可能性空間の創出に成功したゲームである。
今年7月の「E3」にあわせて、最終的な設定調整のためにオープンベータサービスが3週間行われたのだが、まさにユーザーがゲームと共に成長していくプロセスを肌で感じられ、楽しいとしか言いようがない体験だった。
しかし、ゲームに参加するユーザーは、歩兵、戦車、ヘリ、支援火器の4種類の役職の中から、どれか一つしか選択することができず、それぞれの役職はじゃんけんのように強い弱いの関係があり、バランスよくメンバーが別れていなければ勝つことができない。そのため、上手いプレーヤーは、下手なプレーヤーの動きを予測し、それを補助しながら戦うことが強制されるような仕組みになっている。 World in Conflictは、リアルタイム戦略ゲームにも自然発生的なチームプレーの要素を組み込めないかという設計思想で作られている。基本的にチェスを連想させる陣地取りゲームであり、マップの中の特定の拠点を決められた時間占領し続ければ、勝ちというゲームである。
ベータ期間中は、2つのマップを交互にプレーする設定になっており、各ゲームは1回10分程度で決着がつく。興味深かったのは、ユーザーがまずゲームシステムを学習し、次に基本的な戦略を学習し、さらにその応用を考え、必勝法らしきものができあがると、その必勝法の攻略法が編み出されるというサイクルが拡大を続けたということだ。
ユーザーコミュニティーのゲームへの学習曲線が手に取るようにわかり、また数日のうちに劇的に変化していく。どこまでゲームとしての広がりがあるのか、可能性空間の幅が想像できないゲーム体験の醍醐味はやはり素晴らしい。
■ランキングシステムが仇となって破綻した仕組み
ところが、先月ゲームが実際リリースされるとすぐに皮肉なことが起きてしまう。ベータのときには存在しなかった「必勝法」がすぐに発見されてしまったのだ。オンラインゲームの難しさは、環境をどれだけ注意深く用意しても、最終的にユーザーがどういう動きをするか予想するのが極めて難しい点だ。
このゲームには、ゲームで獲得した成果によって階級が振られるというランキングシステムが搭載されている。それぞれのユーザーには階級章がついているために、どのユーザーが上手いユーザーなのかを判断することは簡単にできる。
必勝法は、ゲーム開始時にチーム分けが行われる際、階級が上位のユーザーのチームに属するように選択すればいいという単純なものだ。この方法はすぐにユーザーの間に知れ渡ったために、上手いユーザーが皆一方のチームに集まるようになった。そのため、何も知らない初心者ユーザーが一方的にやられてしまうという最悪の状態が発生している。また、マップ数も20あまりと多いため、プレー時間がすでに数百時間に達している上位ユーザーと初心者との間に、埋めることができない格差がついてしまっている。
せっかくチームプレーが自然発生する仕組みが上手く設計されているにもかかわらず、可能性空間は急激に閉じようとしている。実際、オンライン対戦をものの30分程度しか遊んでいないユーザーが数千人単位でいるという。一方的にやられて、オンライン対戦の体験をつまらないと感じたユーザーも少なくないだろう。
開発会社も、そこまでは予想できなかったようで、今のところデータを追加するパッチが2度リリースされたが、ゲームシステムについては手つかずの状態でユーザーの間に不満が募っている。
このままの仕組みを続けるのか、それとも今後何らかの方策を取り入れてくるのか。日本のゲームには存在しない形のゲームシステムであるため、ゲームデザイン的にも、運営方針という面でも、そしてユーザーコミュニティーがどう成長していくのかについても、、見るべき点の多いタイトルだと思い注視している。
「World in Conflict」公式ページ(英語)
http://www.worldinconflict.com/