日本経済新聞より
工場の廃熱や太陽熱を音に変え、さらにその音で熱を奪ってクーラーや冷凍庫を動かす――。熱と音との間でエネルギーがやり取りされる「熱音響現象」の利用を目指す研究開発が着々と進んでいる。実用化への展望を開いたのは日本の研究者のアイデア。様々な省エネシステムを実現する可能性を秘める。
何の変哲もない長さ数十センチのパイプ。中に小さい穴が開いた仕切り膜がある。パイプの一方にガスバーナーを近づけて熱する。やがてホラガイを鳴らすような「ボー」という音が響いてくる。熱が空気の振動エネルギーに転換されている様子だ。
「エンジンなど熱機関は、固体のピストンを往復運動させる。熱音響現象の場合は、熱が空気という流体そのものを振動させている」。こう説明するのは琵琶哲志・東北大学准教授。機械駆動する部分がないため「原理的に高効率でエネルギー転換が可能」(琵琶准教授)だという。
熱音響の現象は古くから知られていた。エネルギー装置としての利用が注目されるようになった大きな契機は日本人研究者のアイデアだ。愛知教育大学の矢崎太一教授らは、熱音響を起こすパイプをループ状にする構造を考案。内部には、音が細い穴を通過するフィルター部(スタック)を2カ所設け、連続的に熱を起こす仕組みを実現した。
一方のスタックを加熱すると、管の中に進行音波が発生する。これがパイプの中を回り続ける。もう一方のスタックでは音が吸熱反応を起こして、周囲から熱を奪う。
この仕組みを使い、同志社大学の渡辺好章教授らのグループは、工場排熱で空気を冷却する仕組みの実用化に挑んでいる。熱源としては様々なものが利用可能だ。例えば太陽熱を活用すれば、自然エネルギーを使った冷却システムができあがる。
琵琶准教授らのグループは、加熱部を複数個設けることによって、音を発生させるシステムを研究している。低温の熱源からも高い効率でエネルギーを取り出すことができるようになる。現在までに60度を切る小さな温度差で、システムを動かすことに成功している。
海外では、天然ガスの一部を燃やした熱を使って、熱音響システムで冷却し天然ガスを液化する試みなど、大規模なシステムへの応用を目指す動きもある。環境・エネルギー分野で、大化けする可能性を秘めた技術の1つだ。