2010年4月12日月曜日

ソーシャルゲーム、ブームの次に起きること

日本経済新聞より

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や携帯サイトで手軽に遊べるソーシャルゲームが世界的に急成長している。ソーシャルゲームをいち早く展開して成功した企業や開発者は、ソーシャルゲームが成功した理由やブームの今後をどのようにみているのだろうか。

 今年3月に米サンフランシスコで開催された世界最大のゲーム開発者向けカンファレンス「ゲーム開発者会議(GDC)2010」。米大手ゲーム会社エレクトロニックアーツ(EA)のゼネラルマネジャーであるベン・コーシンズ氏は、歴史的なイノベーション(革新)のパターンから、ソーシャルゲームがなぜ市場に受け入れられたかを分析した。

的中したゲーム産業についての予測

 コーシンズ氏は、07年にゲーム産業の未来について、いくつかの予測を公表している。そのうち、「任天堂のWiiが大失敗する」との予測はまったくはずれたが、それ以外はすべて現実になっているという。主な予測とは、次のようなものである。

・「ユーザー生成コンテンツ」が一般化する。
・ユーザーのローカルな機器ではなく、インターネット上のクラウド・コンピューティング環境にユーザーのデータを置くことが普通になる。
・シンプルなインターフェースが求められるようになる。
・これまでのゲーマー以外の大衆市場に広がりが生まれる。
・SNSが重要になる。
・ハイパーリンクの手法が多様化する(つまり、ブラウザーゲームが重要になる)。
・低スペックのパソコンで動くことが前提になる。

 これらの要素をすべて満たす代表例が、6000万人以上のユーザーを集める米ソーシャルゲーム大手Zyngaの農場系ゲーム「FarmVille」だという。コーシンズ氏の予測は、いまやソーシャルゲームの定義そのものといっていいほどだ。一方、家庭用ゲーム機向けゲームでは、これらの条件は一部しか実現されていない。


ウォルマートの歴史とゲームの関係

 では、なぜソーシャルゲームがこれほどユーザーの支持を集めているのか。コーシンズ氏は、米小売り最大手ウォルマート・ストアーズの成長を例に、今のソーシャルゲームブームを歴史的な必然だと説明した。

 自動車が普及する前の20世紀初頭の米国では、移動は徒歩や馬車であり、小麦や砂糖などを扱う商店では、店員と顧客が話しながら一品一品、量り売りで販売するのが一般的だった。それが1930年代になって大きく変わり始める。自動車の登場とともに1920年代には平らな道路が整備され、1940年代になると舗装が一般化する。1916年に今の「スーパーマーケット」に続く業態がテネシー州メンフィスに出現し、より多くの品揃えと巨大な駐車場を持つウォルマートや現代のショッピングモール方式へと発展していく。

 一方、街の小さな小売店は対面サービスの質は高いが、価格競争についていけず年々減少していった。この歴史のパターンは、「既存の家庭用ゲームと台頭するソーシャルゲームにそのまま当てはめることができる」とコーシンズ氏は指摘する。ゲーム業界にとっての自動車は安価なコンピューター環境であり、道路はブロードバンド回線というわけだ。

 既存の家庭用ゲームは質が高いが、ゲーム機を店舗で購入したり新作ゲームの情報を集めたりといった手間がかかる。一方、ソーシャルゲームという新しいジャンルは質では劣るが、価格が安いため気軽に始められる。「質が高いが不便」から「安くて便利」へ。ソーシャルゲームは誕生からまだ3年程度だが、すでに家庭用ゲームを上回る膨大な品揃えを整えつつある。

iPhone用ゲームの顔ぶれに変化

 昨年11月にEAに買収された「Facebook」向けソーシャルゲーム大手の英Playfish。共同設立者のクリスチャン・セーゲルストローレ氏は、別の観点からソーシャルゲームの将来を予測する。

 セーゲルストローレ氏は、ソーシャルゲームが誕生から約2年間で2億人のユーザーを集めるようになった現象を、動画サイト「YouTube」がオンライン動画の市場を創出した例になぞらえ、「YouTube効果」と呼んだ。そのうえで、これによって何が起きたかに着目する。

 YouTubeが出現しても「ヤフーのようなポータルサイトはなくなっていない」、家庭用ゲームも「モダン・ウォーフェア2」のような「高額な予算を投じた大ヒットタイトルは死んでいない」、無料ゲームが中心となったからといって「(ゲーム産業全体の)利益が消し飛んだわけでもない」――。つまり、新興ベンチャーと既存のゲーム企業との共存・競争がソーシャルゲームにも起きると、セーゲルストローレ氏は指摘する。

 実際、先行するアップル「iPhone」向けゲーム市場では、その現象が起こり始めている。08年にアップルのアプリケーション販売サービス「App Store」がスタートした直後は、ビールを飲む「iBeer」のようなアイデア一発のアプリが大ヒットした。

 ところが現在、ランキング上位にいるのは「ロックバンド」「グランドセプトオート」「シムズ3」「Madden NFL 10」「アサシンクリード2」などで、上位10位のうち8タイトルは家庭用ゲーム機向けなどでブランドが確立されたタイトルだ。

 この傾向は、「ソーシャルゲームにも広がるだろう」とセーゲルストローレ氏は予測する。今後、多くの企業が既存タイトルをベースとしたソーシャルゲームを強化していくだろう。ソーシャルゲーム市場は一見多様な選択肢があるようだが、すでに最初の混沌期を終え、次の競争段階に入ろうとしている。