2011年8月23日火曜日

ミクシィ逆襲の夏 「最後に勝つ」副社長 フェイスブックとグーグルの攻勢に「地場SNS」の意地


日本経済新聞(2011.7.31)

世界最大のSNS(交流サイト)「フェイスブック」の利用者が7億5000万に達した。このままのペースだと、ほどなく世界のネット人口(約20億人)の過半に達する。一方、日本のSNS最大手「mixi」の登録会員は約2300万人。月に1回以上ログインする「アクティブ利用者数」となると約1550万人。チカラ勝負ではどうにも分が悪い。


 「このままだと日本もフェイスブックに支配されて『ゆでがえる』になるよ」「mixiも実名制にして、ビジネスでも利用できるような方向に早くかじを切ったらどうか」……。ミクシィ代表取締役副社長としてmixi事業を取り仕切る原田明典(36)は最近、方々から“叱咤(しった)激励”を受け、参っている。

 ネット人口あたりの普及率が約4%と、日本は世界でもまれに見る「フェイスブック後進国」。それでも、利用者は400万人に達した。今年6月、フェイスブックは位置情報と連動したクーポンサービスを日本で開始。7月末には日本の初心者向けにフェイスブックをやさしく解説するページへの誘導も始めるなど、攻勢を強めている。フェイスブックの風が吹き始めた。

■首都圏など都市部から浸透

 リコーに勤める納富活成(49)はフェイスブックで100人ほどの友人とつながっている。今年春頃から懐かしい仲間が増え始め、中高の同窓約250人のうち約50人がつながった。医者、マスコミ関係、経営者となった旧友と当時を思い出し会話に花を咲かせる。「全員、リアルの知り合いなので、健康や家族関連などプライベートな話も気兼ねなくできるのが楽しい。mixiも使っていたが、今はほとんどアクセスしていません」

 フェイスブック派は、首都圏や大阪といった都市部が中心。新しいモノ好きの「アーリーアダプター(早期適応者)」と呼ばれる属性とも重なる。彼ら彼女らが実名や会社名など素性を明かし、親しい友人のみならず、長らく会っていなかった同級生や旧友をフェイスブックに呼び込んでいる。プライベートだけでなく、会社の同僚や取引先とも次々とつながり、「実名主義」を掲げるフェイスブックを名刺代わりに使い始めた。

 ネットの世界では、あるサービスの利用者がネット人口の16%を超えると爆発的に普及すると言われる。その手前を「キャズム(=普及期への溝)」と呼ぶ。ネット企業のコンサルティングを手がける斉藤徹(49)は「フェイスブック利用者がキャズムを超えている国は、すでに世界120カ国以上。そんなサービスはほかにない。すでに首都圏の利用者ではmixiを逆転していると見られ、日本でもキャズムを超える可能性が高い」と分析する。

 和製SNSの星は、このまま世界王者に飲み込まれてしまうのか。2008年1月、NTTドコモからミクシィに移り、以降、mixi事業のトップとして収益化などに尽力する原田は、意外なほどにフェイスブックを恐れていない。それどころか、余裕の表情すらのぞかせる。

 「確かにフェイスブックのような名刺代わりに使えるSNSは、日本でも、ある程度は伸びていくでしょうね。それは承知のうえ。だからといって、mixiはフェイスブックと同じ方向にはいかない」

■実名か匿名かの議論は「意味がない」

 フェイスブックとmixiは何が違うのか。よく語られるのは「実名か、匿名か」。だがミクシィ社長の笠原健治(35)は「その区分にはあまり意味がない」と言う。原田も「知り合いでもない人とも簡単につながるツイッターとは違い、現実社会の知り合いとつながる『リアルSNS』という意味では、同じ方向を向いている」と話す。ニックネームで利用できるmixiでも、利用者の多くは実際の知り合いとつながっているからだ。

 今年4月、ミクシィが東京大学と共同で行った調査では、mixi利用者のうち7割近くが、SNSの友人関係のうち「半分以上か全員が実際の知り合い」と答えた。3月に調査会社のマクロミルが行ったアンケート結果では、10代のmixi利用者の78%、20代前半の70%が「実名か、あるいは友人が見れば分かる名前で登録している」と答えている。うち約半数が実名登録。若年層ほど実名への抵抗感は薄まっている。

 では、両者の違いは何か。原田いわく「会社の同僚とか、取引先とか、知り合いではあるが、親密ではない人たちとも全部つながっちゃうのがフェイスブック。mixiが目指すのは、本当の友達とつながる居心地のよい空間。そのために実名制が必須かと言うと、そうではない」

実名登録が約束のフェイスブックでは、検索すれば簡単に知り合いのページを見つけることができる。いわばアドレス帳。友人登録を済ませた相手の友人のリストも実名なので、友人関係が増えるほど知り合いが見つかる確率は高まる。友人登録の申請は拒否することもできるが、現実社会の知り合いを拒否する人は少ない。

 だからこそ広くつながることができ、便利だとも言える。だが、それでは「居心地が悪くなってしまう人もいる」とミクシィは考えている。



 言い換えれば、建前のフェイスブックに対して、本音のmixi。ミクシィは、建前の世界でフェイスブックと戦おうとは最初から思っていない。「本音で話せる世界だからこそ、活性化するコミュニケーションがある」と原田は言う。「mixiからすると、すでに逃していたユーザーというか、mixiから離れていってしまっていたユーザーが今、フェイスブックにいっている。べつに、mixiのユーザー数が減っているわけではないんですよ」

 今年2月、ログインしてmixiを実際に利用した「アクティブ利用者」は1455万人だった。3月は1537万人と大幅増。投稿数も7億6000万件と前月の5億9000万件から急増した。東日本大震災を機に、mixiの利用者が安否を確かめ合い、被災地の情報を共有したからだ。震災直後は1日あたりの利用者数が過去最大を記録し、その後も活気は持続。翌4月は若干落ち込んだものの、5月は利用者数が1547万人、投稿数が8億4000万件と、ともに3月を上回った。

■今夏以降、大幅な機能強化も

 しかし、内輪のプライベートな空間ではなく、パブリックなフェイスブックを好む層が少なくとも数百万人いることは事実。そうしたフェイスブック利用者の多くはmixiのアカウントも持っているが、今では離れてしまっている。であれば、利用者自身が選択したうえで、パブリックな使い方もできるようにするという選択肢はないのか。そう問うと原田は一蹴した。

 「mixiの利用者はもうある程度、居心地のよい空間を作っているので、今さらフェイスブックの方向と混在させるようなことはできないし、持ってるプロダクトのポテンシャルにも、開発リソースにも限界がある。それに、先行者をマネして後発がうまくいったネットサービスなんてないですよ。mixiはクルマに例えれば(トヨタ自動車の小型車)『ヴィッツ』みたいなもので、手軽に女子でも運転できるオートマ。生活に適したコンパクトなSNSを求めていく。むしろ親密な空間としてのSNSを育ててグローバルへ出て行く方が、よほど成功の可能性があると思っています」


 ミクシィ幹部が抱く逆襲の夢。同じリアルSNSでも中身にこだわり、今伸びている市場は捨てる覚悟。それで勝てる自信はあるのか。原田はこう明言する。

 「正直、自信はある。最後には勝ってやろうと思っている。世界で最終的に求められるのは、(建前の)名刺ではなく、居心地。人は毎日パーティーにいかない」

 そうは言っても、フェイスブックの伝播力は侮れない。

 日本でも利用者数でmixiを上回った時、そこに自分の友達がいれば、フェイスブックへの乗り換えが一気に進む可能性も出てくる。フェイスブックが数を制圧した時、mixiが進めてきた方向と同じ戦略を強化することも考えられる。手立てはあるのか。そう突っ込むと原田はお茶を濁した。

「自信があると言うとホワイ、ホワイと攻められるので、あまり言わないようにしてるんです。根拠を全部言いたいのですが、これから出す機能や戦略がばれてしまうのも嫌なので。だから、今は取材もあまり受けるべきではないと思っています。社員も自信を持っている。離職率を調べてもらえば分かりますが、数十人いる主要な技術者のうち、数人くらいしか辞めていません」

 周辺取材をすると、ミクシィが8月と9月に大きな機能追加やサービスの改善を予定していることが浮かび上がる。ミクシィの言うコンセプトの違いやメリットがネットに詳しくない人にもはっきりと分かる形にしていくようだ。

 「フェイスブックのおかげでやっと『リアルSNS』ってどういうものかが理解されつつある。ここから、ミクシィの言う『カジュアルでイージーなSNS』って何なのか、はっきりと説明がつくよう、プロダクトで見せていきます」。原田はこう語るにとどめた。

■米グーグルの参入で競争激化

 企業規模で見れば、フェイスブックとミクシィは巨象と小動物くらいの差がついている。ここに、もう1つの巨象が参戦しただけに、ミクシィの行く末を憂う者が増えるのも無理はない。

 フェイスブックは7月6日、ネット電話大手「スカイプ」と提携し、テレビ電話サービスを始めると発表するなど、ネット上のあらゆる機能やサービスを取り込みつつある。その中身は外部から検索することができない。「すべての情報を整理し、検索できるようにする」ことで巨額の広告費を手にしてきた米グーグルは6月、自前のSNS「Google+」を投入し、対抗姿勢を明らかにした。



グーグルが始めたSNSサービスの画面=ロイター
 フェイスブックと同じ実名制を敷くが、投稿する対象を簡単に振り分けることができる「ゆるさ」が目玉だ。例えば同僚や上司には見せず、親友と呼べる間柄にだけ公開することができる。フェイスブックでも友人関係のリストを分けて公開の範囲を絞ることは可能だが、「面倒」という声が多い。

 Google+では、フェイスブックのように相手の承認を得なくとも友人関係とすることができ、ミニブログのツイッターのように非対称で関係が構築されていく。だが利用者は、公開範囲を簡単に設定することができるため、投稿の内容に応じて都合のよい相手にだけ伝えることが可能というわけだ。つまり、建前と本音を使い分けることができる。

 ただ、これも原田は「コンセプトがぶれている」と気にとめない。じつは、公開範囲を簡単に設定できる機能は、SNSとしては初めてmixiが08年に導入している。SNSの機能として先を行っているこの部分を、今夏以降、ミクシィは我流で強化すると見られる。

 今年6月、ナイキジャパンとミクシィの子会社が共同で行った新たな「ソーシャル広告」は、大きな成果を出した。色やデザインを自分なりにカスタマイズしたシューズやバッグの画像が、マイミクのページのバナー広告に表示されるというキャンペーン。クリックされる割合がパソコンでは通常のバナー広告の約11倍、モバイル端末では約16倍という結果が出たという。

 ナイキは「私たちの想像を上回る素晴らしい結果を生み出すことができました。商品サイトへのアクセス数はほぼ2倍になり、カスタマイズ対象の商品は期間中、日本の売り上げが全世界でトップレベルに躍り出ました」とコメント。原田は「恐らくフェイスブックはこの取り組みにヒントを得て、何かをやってくる」と話す。しかし、それよりさらに先を行くべく、ソーシャル広告に関する新展開の準備も急ぐ。

 SNSを使ったモバイル向けゲームでは、国内で大成功したディー・エヌ・エーやグリーも海外進出を試みており、日本のSNSは世界の先端を行くという見方もある。ミクシィは昨年、中国と韓国のSNS大手と提携、開発やSNSの連携などで共同戦線を張った。その具体的な成果も待たれる。和製の意地を見せることができるか。まずは今夏の動きが試金石となりそうだ。