2010年4月12日月曜日

「口コミ」ガイドラインという小さな一歩

日本経済新聞より

 口コミ(Word of Mouth:WOM)マーケティング業界の健全な発展を目指すWOM マーケティング協議会(WOMJ)は3月12日、口コミマーケティングの自主ガイドラインを発表した。ブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)といったソーシャルメディアは、いまや企業のマーケティングや広報活動にとって無視できない存在になっている。今回のガイドラインは口コミマーケティングにどのような影響を与えるのだろうか。

2つのシンプルな原則

 WOMJは2009年7月に発足した任意団体で、現在は広告会社など法人会員24グループ、筆者を含む個人16人が加盟している。ガイドラインは、WOMJ会員の有志のべ100人が、昨年10月から12月にかけて4回の討議を行い、プロジェクトリーダーとして案をまとめた。以下にあるように、「関係性明示」と「社会啓発」の2つの原則を示したシンプルな内容だ。罰則はなく、WOMJ加入団体・個人の自主的な取り組みを求めている。

<WOMマーケティング活動ガイドライン>
1.関係性明示の原則:WOMマーケティング事業者は、どのような関係性において、WOMマーケティングが成立しているかについて、消費者が理解できるようにしなければならない。関係性とは、原則として金銭、物品、サービスの提供とする。
2.社会啓発の原則:WOMマーケティング事業者は、1が実現するように必要な啓発活動を行うとする。

 「これだけ?」「何の意味があるのだろう」と思う人もいるかもしれないが、重要なことが含まれている。

 1は、口コミに関わるマーケティング活動において、依頼者(企業、マーケティング事業者など)と情報発信者(ブロガーなど)の関係を明らかにすることで、消費者(読者、聞き手など情報の受け手)が情報の位置づけを判断できるようにするよう求めている。また、2では、マーケティング事業者が広告主(クライアント)やユーザーに啓発活動を行わなければいけないとしている。これが実現すれば、ネット上に「良い口コミ」を広げようとして消費者を「だます」手法を使う事業者は、ビジネスを見直す必要が出る。

 具体的には、PPP(ペイ・ パー・ポスト)と呼ばれる金銭を支払ってブログなどに記事を書かせるサービス、消費者に宣伝と気づかれないように行われるステルスマーケティングなどだ。クライアントも無関係ではない。「良い口コミだけを広げてほしい」「ネガティブな口コミを書かせないで」などと依頼して、これらのサービスを利用しているなら、考えを改める必要が生じる。

消費者が情報を読み解く判断材料に

 そもそもWOMJは、口コミについて「自発的なものである。金銭で生み出されない。誰からも強要されず、発信者の自由意思が尊重される」(基本理念)と定めている。口コミはコントロールすることができない。ただ、PPPやステルスマーケティングが行われることで、消費者はそれが自発的な口コミなのか、誰かから依頼され金銭を受け取って行われている情報発信なのかを区別できない状況になっている。ガイドラインはこのグレーな部分をはっきりさせることを目的としている。

 金銭だけでなく、物やサービスの提供も同様だ。ガイドラインと同時に発表した参考事例では、企業が有名人に献本して書評を書いてもらいたいと思った場合は「『献本であると明記して下さい』と依頼すること」、広告代理店などの事業者が口コミの誘発を狙いホテル(広告主)の無料宿泊体験者募集の案内をSNSのコミュニティーに投稿する場合は「『無料であることを記載すること』と明示して行う」などとしている。

 当然、口コミの依頼はすべて任意である必要がある。物品やサービスと引き換えに情報発信を強制したものは口コミではない。さらに、いくら任意性が確保されているとしても過度な物品やサービスの提供が行われた場合は自発性が疑われることもある。書き手側がいくら「筆は曲げない」と主張しても、消費者は「献本や無料招待なら、悪いことは書けないよなあ」と思うかもしれない。情報を割り引いて読み解いていくためにも消費者が判断できる材料を提供することが重要となる。

生活に想像以上に浸透している口コミ

 ガイドラインをシンプルにしたのは、ソーシャルメディアの時代において情報の価値を決めるのはあくまで消費者という思いがある。ではなぜ、このようなガイドラインが必要になるのだろうか。それは、口コミが我々の生活に想像以上に浸透しているからだ。

 例えば、ビジネスパーソンが出張に行く際のことを考えてみたい。「楽天トラベル」や「じゃらんnet」を利用して目的地のホテルを検索して予約する際、料金や立地で決めてしまう人もいれば、ホテルの評判を気にする人もいるはずだ。

 楽天トラベルには、7項目(総合評価、サービス、立地、部屋、設備・アメニティ、風呂、食事)の評価があり、5段階でレーティングしている。これによりユーザーは、立地重視、食事重視など目的に合わせて評価を確認して宿を選ぶことができるだけでなく、口コミに厳しい評価があったり、料理の評判が悪かったりすると、別のホテルを選ぶこともできる。

 パソコンやデジタルカメラを購入する際は「カカクコム」を、本やCDを購入する際は「Amazon.co.jp」の星の数やレビューを参考にすることもあるかもしれない。カカクコムでは、ユーザーが性能やデザインはもちろん、実際の購入時の利用シーンから素朴な疑問までを様々に議論し、ユーザー同士の口コミが購買の参考にされている。もし、これらの口コミが誰かによって作られたものだったらどうだろう。評判の高い書き込みが「やらせ」であったらどうだろう。

使い方を心得れば心強いツールに

 まだ大きな問題になっていないかもしれないが、ソーシャルメディアはあらゆる人々による情報発信と参加によって作られていくメディアだ。だから自主的に取り組む意味がある。ガイドラインの波紋は意外に静かで、批判はあまり聞こえてこない。逆に何でもありの「無法地帯」に小さなルールを設けたことを歓迎する声も聞く。企業内でソーシャルメディアを活用したかったが「これまでは、どうしたらいいかわからなかった」という話だ。

 もし、ガイドラインを見て、「関係性を明示したらマズい」「事業者から聞いているのと話が違う」と思ったなら、ソーシャルメディアに対する誤解があるかもしれない。ソーシャルメディアを使うと、口コミを必ず爆発的に広げられるわけでもないし、製品やサービスを大きく見せられるわけでもない。マスメディアと違った特徴を持ち、使い方を心得れば心強いツールとなる、ということだ。

 「使ってみたいけれど怖い」「よくわからない」――。そんな声もあるソーシャルメディアの歩き方を考えてみる。歩き進むにつれて、このシンプルだけれど奥深いガイドラインの意味も明確になってくると思う。