2009年5月1日金曜日

信頼を生む「履歴のある仮名」 人はなぜ教えあうのか(3)


見知らぬ人同士が匿名で互いに教えあう場でありながら、多くの利用者がQ&Aサイトを有益と感じている。匿名は情報の信頼性を損ねると考えられがちだが、Q&Aサイトの運営者は会員登録と履歴の管理により、匿名のメリットを活かしつつ、デメリットを低減している。(折田明子)

■本名より「投稿履歴」が重要

 「Yahoo!知恵袋」や「OKWave」「価格.com」などの主要Q&Aサイトでは、質問や回答を書き込むのに会員登録とログインが必要だが、会員登録の際に実名を明らかにする必要はない。会員登録すると、IDごとにQ&Aサイトを利用した履歴を管理する「プロフィル」のページが作成される。

 Yahoo!知恵袋の場合、プロフィルページには利用者が投稿した質問と回答、投稿数、質問者に「ベストアンサー」に選ばれた率などの利用履歴が保存され、すべて利用者に公開される。「どのカテゴリーに強い人かを判断する手がかりになると同時に、投稿する人が回答をアピールする役割がある」(ヤフー検索事業部の湯澤秀人氏)という。Q&Aサイトに投稿する人はニックネームやIDでしか識別されないが、その投稿者の履歴によりどんな人物かイメージすることはできる。

 筆者が2008年9月に実施したインターネットを介した情報交換に関する調査(マクロミルリサーチパネル、全国518名男女、注1)の結果からは、ネット上での相談において相手の本名が分かることはほとんど重視されておらず、むしろプロフィルや投稿履歴が重視されている。この結果からも、本名を秘匿しつつ投稿者の履歴を残すという方法が、質問をする側を安心させるのに効果を上げていることがうかがえるだろう(図1)。

図1 ネット上の相談で重視されること

■匿名にも種類がある

 Q&Aサイトにとって匿名性の取り扱いは微妙な問題をはらんでいる。高い匿名性は、投稿の障壁を下げる効果をもたらすが、同時に誹謗中傷や「荒らし」といったサイトの質を下げる行為が増えるリスクも高くなる。匿名性は、実名をはじめとする個人情報によって人物を特定できる「本人到達性」と、実名の有無に関わらず同一人物であることが判別できる「リンク可能性(Linkability)」の2つの観点から分類することができる(図2)。広義には、本人到達性のない状態が「匿名」だが、リンク可能性によって匿名の種類は分かれる。

 複数の投稿が同一人物によるものと判別でき、ひも付けられる状態はリンク可能性が高く、「仮名」といえる。同一のニックネームを継続して用いると、「カメラに強い○○さん」のように一種の「キャラクター」としてとらえられるのがその例だ。逆に、名前もプロフィルもなく、複数の投稿が同一人物によるものかどうか分からない「リンク不能」な状態は「完全匿名」となる。ネットの掲示板でしばしば見られる「通りすがり」という名前での、その場限りの投稿がそれにあたる。

 完全匿名による書き込みは、投稿のしにくさを減らすが、情報の信頼性や投稿の質が低下するリスクがある。実名はその逆で、投稿のハードルは上がるが信頼性は高い。Q&Aサイトは、利用する「仮名」を登録させ、リンク可能な投稿履歴をプロフィルページに掲載することによって、投稿のしやすさと質のバランスをとっているといえる。

 Yahoo!知恵袋と価格.comはすべての投稿履歴を掲載し、かつ履歴の一覧性も高い。個人的な書き込みも誹謗中傷も含め、すべての書き込みが同一人物のものとしてリンク可能であり、識別できる。そのため、実名が秘匿された状態であっても、例えば病気や健康についての投稿と、趣味に関する投稿が同一人物のものとして認識されることになり、利用者の抵抗感を完全にぬぐうことはできない。

 たとえば、カメラに詳しいことをアピールしていたのに、自分の持病についての投稿までひも付けられて、人格のイメージを形成されてしまうような状況は、多くの投稿者が望んでいないだろう。さらにプロフィルページを知人が読んだ場合に、確証は得られないまでも投稿者本人が特定されるリスクもある。すべての投稿が投稿者のIDにひも付くがゆえに、かえって質問がしづらくなるという事態が発生する可能性があるということだ。

■匿名性と信頼性を両立する試み

 OKWaveの場合、投稿者のプロフィルページでは投稿した回答履歴が公開されるが、質問履歴は掲載していない。「回答は投稿者の意志で、信憑性を判断する一助となるが、質問履歴は不可抗力。その人自身をあぶりだしてしまう」(オウケイウェイヴの武田健太郎氏)との考え方によるもので、複数の質問が本人にひも付けにくくなっているといえる。

 「人力検索はてな」の場合は、IDの工夫によってリンク可能な範囲、すなわち匿名性の強さを調整することができる。利用登録のためのIDである「メインアカウント」の登録1つに対し、「サブアカウント」を別個に取得することができるのだ。人力検索のプロフィルには、サブアカウントごとに質問履歴や回答回数、ポイントの支払いおよび受け取りの回数などが記載される。

 たとえば、あるアカウントでは専門性の高いブログの執筆や回答の投稿をし、別のアカウントではプライベートな悩みを相談するといった使い分けができる。現在、約90万のメインアカウントに対して、サブアカウントは約2万あるという。はてな広報担当の万井綾子氏は「自分も仕事用のはてなIDとプライベート用のはてなIDを分けて使っている」と話す。

 自分以外の利用者からは別々に認識される複数のアカウントだが、サイトの運営者であるはてな側から見ると1人によるものとして扱われる。仮にルール違反を犯せば、全てのアカウントが利用停止される。つまり、ユーザー間ではある程度「リンク不能」な状態を作り、サービス提供者はそれらの行為をすべてメインアカウントに「リンク可能」にしているのだ(図3)。ユーザー間、サービス提供者というようにIDを取り扱う階層(レイヤ)を分けることによって、使い分けによる書き込みやすさと、書き込んだ内容に対する責任を確保する試みだと言えるだろう。

図3 はてなはIDを取り扱うレイヤを分けている

■適切な設計が善意を引き出す

 Q&Aサイトが掲示板や一般の情報サイトに比べ高い支持を受けている一番の理由は、ユーザー登録と履歴情報によって利用者を識別できる「仮名性」を活かした設計にあるといえる。質問者と回答者を識別できるだけでなく、その相手にお礼をしたり評価をしたりすることで利用者が仮名の自分を律する効果もある。

 プロフィルの投稿履歴が他人に閲覧されることにより、たとえ実名を秘匿していても、自分の行為に責任を感じることになる。他者の役に立つ質問を投稿すれば、感謝を表すポイントや投票が蓄積されるが、程度の低い投稿を続けるならば、その履歴からユーザー自身も低い評価を受ける。こうした蓄積を元に、質問者は回答の信頼性を判断できるし、回答者は自分のプロフィルに蓄積された良い評価を裏切らないふるまいをみせる。

 一般にサイトの利用者を増やす障壁になるとされるユーザー登録だが、実は、利用者は好意的に見ている。前述の2008年9月実施の調査からも、同一のニックネームを使うにせよ、ニックネームをそのつど変えるにせよ、「ユーザー登録をするサイトを使いたい」という回答者が7割を超えた。

 オウケイウェイヴの宮城重幸広報室長は「一定のルールを設定することで、人のいい面が引き出せている」と語る。Q&Aサイトの設計とルールはネット上で善意を生かすための貴重な事例とみなすことができるのではないだろうか。(終わり)