2010年3月13日土曜日

ゲームの世界に出現した「スター経済」とは

新清士のゲームスクランブル

 任天堂の「ニンテンドーDSi」用ソフト「うごくメモ帳」(うごメモ)は、パラパラ漫画のような動画を簡単に作成でき、投稿サイト「うごメモシアター」はいまや小学生版「ニコニコ動画」のようなにぎわいを見せている。ユーザーは気に入った動画に「スター」を贈ることができ、このスターを集めようと子どもも大人も熱中するのだが、今回は「スター経済」というキーワードで、そのメカニズムとコミュニティーサイトに与える影響をみていこう。(新清士のゲームスクランブル)

 先週のコラム「DSi『うごメモ』の大人にはわからない魅力」では、うごメモの人気ぶりと、投稿された動画の総合ランキングを左右するスターの果たす役割について考えた。そのなかで、うごメモのスターはいくら獲得したところで実経済的にはまったく無意味だが、それに序列や損得の概念が入ってきたときに意味を感じてしまう人間の脳の“癖”があると書いた。「スター経済」とはそうした原理に基づく現象であり、すでにゲームでは広く取り入れられている。

 例えば、以前のこのコラムでも紹介したが、「Xbox360」が採用した「ゲーマースコア」「コール・オブ・デューティ4」のオンライン対戦を盛り上げる要因になっている「実績システム」日本型仮想世界サービス「ニコッとタウン」の「ステキボタン」などがそうだ。

■任天堂出身の起業家が名付けた「スター経済」

 しかし以前は、この概念を一般化して理解するためのキーワードがなかった。これをスター経済と名付けて論じたのが、エンタースフィア(東京都町田市)の岡本基社長だ。2月に行われたオンラインゲームのカンファレンス「OGC2009」の講演でのことである。

 岡本氏がスター経済の代表例として挙げたのは、ニコニコ動画の「マイリスト」数や、画像投稿SNS「pixiv」の1日1回投稿できるスターといったものだ。これらのコミュニティーサービスは、「mixi」など幅広いユーザーが集まる汎用SNSとは異なり、特定のジャンルに絞り込んだ「特化型SNS」とでも言うべきものだが、岡本氏は「SNSの皮をかぶったオンラインゲーム」であると考えている。

 岡本氏は、「はじめてのWii」のチーフディレクター、「WiiFit」のトレーニングディレクターなどを担当した任天堂出身のベンチャー起業家だ。UGC(User Generated Content)の持つ潜在的な可能性に目を付け、2008年春に独立してエンタースフィアを立ち上げた。

 さらに今年2月には「cg(シージー)」という、その名の通り3次元のコンピューターグラフィックスの作品を投稿できるサービスも始めた。登録ユーザーは、fgとcg合わせて1万5000人(3月上旬時点)を超えており、順調に拡大している。 果たして、岡本氏がどのようなサービスを仕掛けてくるのか期待していたところ、「fg(エフジー)」というフィギュアファン向けのSNSを08年11月にスタートさせた。プラモデルやフィギュアなどの写真を投稿して他のユーザーに紹介できる。

 現在は、広告以外の収益モデルを作ることができていないものの、fgは将来的にはフィギュアを投稿するユーザーとそれをほしいと考えるユーザーをつなぐ取引のプラットホームにすることを検討している。またcgでは3Dプリンターに出力してリアル化することで取引を可能にする仕組みを考えているという。

 いってみれば、個人ユーザーが自分の創作物を表現する場であると同時に、リアルマネーで売買できる商取引の場でもある。しかし、ここで重要なのは、現時点では経済的メリットがないにもかかわらず、うごメモと同じようにスター経済を基盤とするユーザーの競争が始まっているという点だ。

■上位獲得競争という「ゲーム」がもたらす結果

 fgに投稿された画像には、単純に閲覧された回数を表示する「閲覧数」、各ユーザーが5点満点の評価で付けた「スター」を合計した「総合点」、ユーザーが自分のお気に入りリストに入れた総数を示す「マイリスト数」の3つの評価軸がある。それに一定の係数をかけて計算した結果(もちろん、どういう計算式であるのかは非公開で、随時変更される)により、「毎日ランキング」「週間ランキング」「月間ランキング」が決まっていく仕組みになっている。

 投稿するユーザーは、自分の作品をランキング上位に載せようと様々な努力をするようになる。このスター経済に基づく行動こそが、SNSをゲームとして機能させる大きな要因となるのである。


 例えば、すでに起きているブームに便乗して評価を獲得しようという動きが活発化する。今であれば「初音ミク」といったよく知られている素材に人気が集中している。二次創作はUGCの定番だが、fgでも多くのユーザーの関心を得るために二次創作が多用されるという傾向が現れている。 しかし、この上位獲得競争というゲームは、コミュニティーを活性化させる原動力になる一方で、「ゲームで勝つ」という目的が肥大化していく側面も持つ。その結果、次のプロセスとして、「攻略法を探す」という競争が始まるようになる。

■コミュニティー発展の妨げにも

 投稿するユーザーは、自分のランキングに非常に敏感であり、運営に関する問い合わせにはこのランキングの算出方法を聞くものが多いという。また、攻略法やテクニックが発見され、それが知られるようになるとランキング上位が固定化していく。こうした不均衡が長く続くと、コミュニティーの発展を阻害する可能性がある。

 先週のコラムで取り上げたうごメモの「人気作品」コーナーは、サービス開始直後の1月時点では、単純に閲覧数やスターの数が多い順に作品が並ぶようになっていた。この人気作品コーナーは多くのユーザーの目に触れるため、結果として同一作者の作品に閲覧やスターが過度に集中することになった。

 しかし、この人気作品コーナーは最近になって、一定数のスターや閲覧数を集めた作品のなかからランダムに選択して入れ替える仕組みに見直された。そのため当初圧倒的な人気を集めていたハンドル名「たぁくみさん」の新作も、以前のように20万を超えるほどのスターは獲得できなくなっており、3月の新作では2万程度にとどまっている。これはシステムの変動によって、評価が極端に振り回されたケースだろう。

■行き過ぎた行為に至る場合も

 スター経済が過熱すると、「カジュアルチート」と呼ばれる逸脱行為が起きることもある。

 このカジュアルチートは、ニコッとタウンでも確認できる。プログラムで自動的に他のユーザーのページに「足あと」を残し、善意でお礼に来るユーザーを利用してステキ度や仮想通貨を手っ取り早く増やすやり方だ。これも事実関係の認定が難しい。ただ、ステキ度や仮想通貨は、他のユーザーと交換できないため、コミュニティー全体にとっては無害なものにとどまっている。 例えば、fgの場合、アカウントの取得はメールアドレスがあれば簡単にできる。そのため、大量にフリーメールのアドレスを取得して登録をし、自分の作品の評価を上げる行動をしていると考えられるユーザーも出てくるようになった。しかし、現在のインターネットの仕組みでは、サービスの運用側が本当に意図的な行為かどうかを確認しようがない。

 どんなシステムであれ、必ずユーザーは攻略法や裏技を様々な方法で探すという例である。

■スター経済が示す「ゲームの原点」

 岡本氏は、このスター経済の発生により、ゲーム性の本質に戻った部分もあると指摘する。サービスが今後どう変わっていくのか、サービス提供側にもユーザー側にも完全にはわからない「不確実性」が存在していること自体が、ゲームのおもしろさの一部だった時期がかつてあったからだ。

 「スペースインベーダー」(1978年)が出たまだ初期のころ、遊ぶ人たちはどうすれば攻略できるのかイメージできず、また時々出現するUFOの謎のスコアパターンに熱中した。数百点、数千点のスコアを獲得し、他のプレーヤーよりも上位になったことが単に楽しかった。

 しかし、その後ゲームが発展し複雑になるにつれて、何点というスコアの意味は相対的に薄れ、ゲーム中のスコアはインフレを起こしていく。10万点、100万点を超えるようになると、もはやスコアは価値を失った。その結果、ゲームは高度なグラフィックスや、壮大なストーリーといった重厚長大型による刺激に発展していくしかなくなったのではないかと、岡本氏は考えている。

 スター経済の台頭は、もっと単純なレベルでも、数値の変化を通じて十分にゲーム性を楽しめる余地があることの証明でもある。これは、新しいゲームジャンルが登場していると言ってもいい現象であろう。

 ただ、スター経済の浸透は、娯楽という範疇を超えて人間の生活を振り回してしまう側面も持っている。来週はそうした課題を検討しよう。

・material SNS fg(エフジー)
http://www.fg-site.net/

・3D model SNS cg(シージー)
http://www.cg-site.net/

・ニコッとタウン
http://www.nicotto.jp/