2010年3月13日土曜日

日本型仮想世界「ニコッとタウン」の最も日本的な部分

新清士のゲームスクランブル

 グーグルが仮想世界サービス「Lively」の年内閉鎖を決めるなど、仮想世界が全般に苦戦しているという話題がこのところ増えている。しかし、本当に成長可能性はないのだろうか。これまでと違う切り口からこの分野に挑んでいる日本発の「ニコッとタウン」は、ユーザーを集めることに成功しつつある。このことからわかるのは、仮想世界で必要なのは、技術力ではなく企画力ということだ。(新清士のゲームスクランブル)

■枯れた技術で構築

 ニコッとタウンは、スクウェア・エニックスグループのスマイルラボ(東京・渋谷)が9月29日に正式サービスを開始した仮想世界サービスだ。ただ、「セカンドライフ」などの既存の仮想世界とはかなり性質が違う。

 「新・仮想生活」というコンセプトを掲げており、アバターを使ったチャット、ブログ、カジュアルゲームで構成されている。ぱっと見ただけでは、特に男性にはこのサービスのおもしろさがピンとこないかもしれない。ユーザー数は2カ月で約4万人に達した。提携企業のニフティ以外では広告をほとんど行っておらず、口コミ頼みにしてはかなり好調といえる。

 しかも、既存の仮想世界とユーザー構成がかなり違う。メーンのユーザー層が女性で、アカウントの約7割を占めている。年齢層も10歳代前半から30歳代までと幅が広い。

 このサービスの特徴は、新しい技術をほとんど使っていないところにもある。仮想世界では、3Dグラフィックスといった技術面をセールスポイントとする場合が多い。しかし、ニコッとタウンはすべてをアドビのFlash技術を使って構築しており、2Dだけだ。つまり、「枯れた技術」によってサービスを提供している。

 最大のメリットは、ブラウザーだけでサービスを利用できるという点だ。最新の高性能パソコンでなくても十分に動かすことができ、ハードウエア環境や設定などの技術的知識が必要ない。女性ユーザーでも参加するための障壁が極めて低いのだ。

 一方で、サービスの企画運営面は極めて高いレベルが求められる。任天堂の戦略にも見られるが、枯れた技術で勝負する場合には、わかりやすいインターフェース、ユーザーの活動に対する報酬の仕組みの設計など、非技術の要素が重要な鍵になる。


■半年かけてアバターを検討


 最初のつかみとなるアバターのデザインはサービスの根幹と位置付けて、女性が見た瞬間に「かわいい」と飛びついてもらえるものを半年あまり時間をかけて検討した。世界中のアバターサービスのデザインを集めて比較しながら、日本人の好みに合った頭と体のバランスを考えてデザインしたという。現在でも、色味などが趣味のよい組み合わせにできるよう、自らチェックしているという。 スマイルラボの伊藤隆博社長は、元々はアパレル関係のデザイナーとしてキャリアをスタートしている。そのためか、オンライン上のコミュニティーサービスでも、技術から組み立てようとはしていない。ユーザーにとって目に見える、デザインの側からサービスの設計を行っている。

 事実、参加している女性ユーザーにチャットで話を聞いても、アバターのかわいらしさに惹かれたからという声は多い。


■活動の動機付けになる報酬制度

 サービス面で特筆すべきは、とにかく何をやっても「褒められる」という設計になっていることだ。これは、ユーザーコミュニティーを形成していくうえで大きな効果をもたらしている。

 私自身、アカウントを取得して利用した際に驚かされた。ブログをはじめて書いたら、登録して半日も経たないうちに、すぐに複数の知らないユーザーから挨拶の書き込みをもらった。

 他のブログサービスも利用しているが、直接の知人以外から、自分のブログに挨拶がついた経験はほとんどない。逆に、私自身も知らない人のブログにコメントを付けたりすることはほとんどない。これは積極的にコメントを付けるアメリカと日本との文化的な差として考えていた。

 あわてて、それぞれのコメントを付けてくれたユーザーにお礼を返したのだが、書き込みをくれたユーザーにはそれなりの理由があることに、すぐに気が付いた。

 ニコッとタウンには、ユーザーの活動への明確な報酬が2つある。

 1つが、ニコッとタウンをユニークなものにしている「ステキ度」と呼ばれるものだ。他のユーザーがあるユーザーを魅力的に感じたら押す「ステキボタン」というものがある。これを押すと電子音が鳴って、相手のステキ度が上がったことが示される。誰かが自分にステキボタンを押してくれたときにも音が鳴る。そのため、私自身も押してくれた相手にお返しをしなければと、あわてて相手のアバターのステキボタンを押す。

 ステキ度はユーザーの経験値みたいなもので蓄積していくが、それ自体が何か決定的な価値を持つわけではない。ただ、挨拶代わりに、お互いに押しあうという文化がこれにより形成されている。


■挨拶や書き込みで増えていく「コイン」

 もう1つは「コイン」と呼ばれる仮想通貨で、これがユーザーの動機付けとしてうまくシステムに組み込まれている。

 ユーザーは1日1度ニコッとタウンにアクセスするだけで、「ごほうび」として50コインを獲得できる。ブログを更新すると、100コインが手に入る。 このコインを貯めることによって、アバターの服や自分の部屋の装飾品を購入できる。

 さらに重要なのが、他のユーザーとの関係によって、コインを得られる仕組みになっていることだ。他のユーザーが、自分のページにアクセスしてくれるだけで「お祝い」として1コイン増える。伝言やコメントを残してくれればそれも1コイン。ステキボタンを押してくれれば2コインもらえる。つまり、誰かが自分のページを訪問してくれて、何か書き込みをしてくれれば、1日1ユーザーにつき最大5コインもらえることになる。

 私のページに挨拶コメントを付けた人たちは、私がそのユーザーのページにアクセスしてお礼の挨拶をすることで、コインが増えることを期待している。相手の情報が限られるインターネット社会では、そんな「下心」付きでも、このわずかな善意が新規ユーザーに驚きとうれしさをもたらす。

 一方、ネガティブなことを書き込むユーザーには当然、お礼のアクセスや書き込みが集まらない。自分のコインを増やそうという動機付けは、お互いの書き込みをポジティブにする効果を明らかに生み出している。


■招待制でなくてもすぐに「友人」ができる

 以前に本コラムで紹介した、野島美保氏の著書「人はなぜ形のないものを買うのか」(NTT出版)の中で、オンラインゲームなどの仮想世界に新規ユーザーが定着する要因を分析した研究が報告されている。アンケート調査が明らかにしているのは、リアルであれ、バーチャルであれ、サービスにはまる最大の要因は「友達が一人でもできるかどうか」であるという。

 新規ユーザーはしばらくは目新しさからゲームを遊ぶ。しかし、ゲームに飽きてしまうまでに友人ができなければ、利用を継続しなくなる可能性が高い。野島氏は「SNSのミクシィの成功は、招待制で最初の一人の友人が確実に確保されているため、この問題にぶつからないことが要因」と説明する。

 ニコッとタウンにも、それは当てはまる。ニコッとタウンは招待制ではなく、誰でもアカウントを取得できるが、新規ユーザーがチャット空間に参加したり、ブログを書いたりすると、すぐに様々な人からフィードバックがある。そのため、一週間もかからないうちに誰かと緩やかな友人関係を築くことができる。

 私の書いたブログにも、まったく知らない人からたくさんのコメントが付く。昨日書いたばかりのものでさえ10あまりのコメントをもらい、もちろん私もお礼で相手のブログに書き込んでいく。私自身の過去の経験でも、ここまで知らない人のブログにコメントを付けることへの心理的な障壁が低いサービスはない。

 そして、何度もお互いのページでやりとりをしたり、たまにチャットをしたりするうちに、ご近所付き合いのような連帯感が形成されていく。お互いに書き込むにつれて、コインが増えることより、ネット上のコミュニケーションが楽しくなるという「仮想生活」へと変わっていく。何かしてもらったら、お礼を返そうという日本的な自然な習慣が、サービスのシステムにうまく組み込まれており、その繰り返しがネット上であれ人間関係を深めていく重要な鍵になっている。


■「2ちゃんねる」的ネット観を覆す

 もちろん、まだニコッとタウンの成功は約束されているわけではない。収益モデルは、アバターの服などのアイテム課金が中心であり、大半のユーザーは無料の範囲で遊ぶ。有料アイテムの課金は11月27日に始まったばかりで、収益が出せるかどうかはこれからの勝負となる。

 安全性の確保も課題だ。出会い系サイト化を防ぎ、他の有害サイトへの誘導を狙うスパム投稿も排除しなくてはならない。この点で、ニコッとタウンの運営側はうまく工夫している。特徴的なのが、お互いに直接メールをやりとりする機能がない点だ。必ず、他のユーザーも見ることができるような形でしか相手のページに書き込みができないため、無言の監視圧力が効いている。

 ニコッとタウンがこれまでのサービスと劇的に違うといえるのは、ネット上での匿名ユーザー間のやりとりは「2ちゃんねる」に代表されるように否定的な応酬が一般的であるという常識を覆しつつあることだ。ユーザー間の活動が深まれば、「サービスとしての成功」という表面的な段階を越えて、人間の情感に訴える価値のあるコミュニティーを創り出せるかもしれない。

 ニコッとタウンは日本型のまったく新しいタイプの仮想世界サービスとして、大きな成功をつかむ可能性が出てきたと考えている。


・ニコッとタウン

http://www.nicotto.jp/