2013年11月7日木曜日

“樹脂らしくない”iPhone 5cボディーの秘密、そこに込められた工夫と努力 【銘品分解】

日経トレンディネット(2013.10.29)

 発売前は「中国市場向けの廉価版」と見られていたiPhone 5c。しかし、実際に触れて見ると、樹脂特有の安っぽさは全くない。今回は、その作り方の秘密に迫る。

 多くの人がプラスチックに対して抱く偏見に、真っ向から挑んだデザイン。iPhone 5cの特徴を簡単に言い表すと、そんな表現が当てはまる。

 持つと、しっとりと手に吸い付くように感じる手触り。本体をポケットに入れるときのなめらかに滑り落ちる感覚。そして、光を当てて反射させて見ても、ほとんどゆがみを確認できない表面。そこにプラスチック製品が持つネガティブな要素は見当たらない。

 今回はアップルのiPhone 5cを、東京大学生産技術研究所の山中俊治・教授や外装設計に詳しい技術者とともに分解。樹脂の常識を覆したモノ作りの工夫に迫った。

●安っぽさの原因は射出成形にあり

 一般的に「プラスチックのような」という表現は、ほめ言葉として使われることは少ない。金型の割れ目にできる線や、光に当てると目立つ表面のゆがみなど、大量生産ゆえの配慮に欠けた安っぽさが目立つ製品を想像する人が多いはずだ。ただし、それはプラスチックが悪いわけでは決してない。

 金属らしい精緻な高級感や、磁器のようなつややかな質感、ガラスのような平滑さ、そしてプラスチックの安っぽさなど…。こうした素材の「らしさ」を生み出す要因は「素材そのものの性質と言うより、むしろ加工方法に起因することが多い」と山中教授は説明する。

 プラスチックの質感そのものが安っぽいのではなく、問題はむしろ、射出成形などプラスチックを成形する際の技術の利用方法にあるというわけだ。

 射出成形は、簡単に言えば熱を加えてドロドロに溶かした樹脂を、圧力をかけながら金型に流し込む成形法。金型の作り方次第で、基本的にどのような形も作れる便利な加工方法だ。

 自由に形を作れるため、射出成形で樹脂のきょう体を作る場合は、1回の加工できょう体に必要な要素をすべて成形するように設計するのが普通だ。例えばきょう体の内側には、リブと呼ばれる補強のための板をはわせ、内部の部品をきょう体に固定させるためのボスと呼ばれるねじ穴も同時に作る。

 カメラのレンズをはめ込むための穴などもあらかじめ用意しておくなど、1回の成形工程でほぼすべての要素を作ってしまうというのが、これまでの樹脂きょう体の常識的な製造工程だ。製造工程を簡略化できるため、きょう体の製造コストは低くなる。

 一方で、こうして何でも1回の成形で作ろうとして金型を複雑にすればするほど、確実にきょう体が歪むという弱点を射出成形は持つ。表面はまっすぐだとしても、裏側の厚みが違えば、型から抜いて冷やしたときにきょう体に無理な力がかかってゆがみ、それが表面にも影響を及ぼすことになるのだ。同じように穴の開いた形状を射出成形で作ると「穴の周囲に向かって面が歪む」(山中教授)。ほんのわずかな歪みやゆがみを、消費者は光の反射などを通して敏感に感じ取り、無意識のうちに安っぽいと感じるようになるのだ。

●つややかにするためのひと手間

 射出成形で樹脂製品を作るにあたり、多くのメーカーはこうした問題を認識して、その解決方法を探ってきた。たとえばセイコーエプソンは、ピアノのようにつややかな面のプリンターを作るために研究を重ねた結果、射出成形時の樹脂の流れの乱れが面のゆがみの原因となることを発見。材料を注意深く選び樹脂が流れやすくなるようなリブ構造を採用したり、樹脂の板厚に配慮するなどの工夫を重ねてきた。同社だけではなく、各社樹脂の安っぽさを解消の努力を行い、独自のノウハウを積み上げてきた。

 ただし、iPhone5cでアップルが使うのは強度はあるが「樹脂の中でも形を出しにくい」と山中教授が言うポリカーボネート。高温に熱しても粘度が高いままで、金型内での樹脂の流れが悪い。小手先の工夫で完璧な面を作れるかは分からない。

 そこでアップルが編み出したのが、射出成形の工程ではきょう体にボスやリブなどを一切付けず、プレーンな箱だけを作るという方法だ。強度に必要なリブや、製品の組み付けに必要なボスは、成形後に金属部品を接着したり、溶接することで補う。さらに、面のゆがみのもう1つの原因となるボタンやカメラレンズのための穴を、金属部品を接着して強度を確保した後で切削加工で開けることで歪みを解消した。

 こうした工夫の結果が下の写真だ。ほとんどゆがみが見られないほどつややかな面を実現。例えば台湾HTCのHTC J butterflyや韓国サムスン電子のGALAXY 4Sの背面パネルと比較すると、その差は歴然だ。

 とはいえ、iPhone 5cの樹脂きょう体は決して完璧ではない。日経デザインが購入したソフトバンク製の黄色いiPhone 5cは寸法精度に問題があり、画面のガラスパネルときょう体の間に0.5ミリほどのすき間とゆがみが出来ていた。ゆがみが生じていた場所は「樹脂を注入する『ゲート』と呼ばれる場所から最も遠い位置にあり、一番問題が起きそうな場所」(山中教授)だ。金型の温度管理の問題なのか、樹脂がスムーズに流れていかなかったのだろうと推測できる。

 日経デザインが見たほかの数個のきょう体には同じような問題は見付からなかったため、たまたま運悪く寸法精度の良くない製品に当たったようだ。ただ、販売して間もない新しいアップル製品が、こうした問題を抱えていることは少なくない。外装部品の開発に詳しいある技術者によると「一般的に大量の需要がある製品の初期ロットでは、品質基準を若干落としてでも、生産量を確保するケースがある」と解説する。アップルのように、特に発売時に製品数を多く確保する必要があるメーカーの場合は、なおさらだろう。

 またアップル製品としてはめずらしく、iPhone 5cでは見えない所に手を抜いていることも今回の分析で分かった。それは、ボタンやスピーカー部のために切削加工で開けた穴の処理だ。肉眼ではほとんど見えないが、拡大して見ると切削した後のチリがまだたくさんこびりついているのが確認できた。

 製品の内部にまで、細心の注意を払ってデザインするアップルだが、同社も「人間の目の解像度」を超える部分については、さすがにコストダウンを優先しているようだ。